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2017.5.17

バイク・編み物・被災地への思い 日本を走るドイツ人ライダーの話

●日本でバイクに乗っている外国人を見かけることはめったにない。

●ケストラーさんは、日本在住のバイク大好きドイツ人。

●ツーリングの休憩中にタンクバックから取り出したのは……。

ツーリング先で外国人のライダーに出会うと、(どこの国の人だろう?)、(日本を旅行中なのかな?)などと、つい気になってチラチラ見てしまう。ベルンド・ケストラー(Bernd Kestler)さん(52歳)は、そんな好奇の目にはとっくに慣れっこだ。日本中を走っているという彼は、いったい何者なのか。

タンクバックから取り出したのは……

愛車はホンダのCB1000。走行距離メーターはもうじき10万kmに達するが、「まだまだ走れるよ。これは本当にいいバイク」と、まるでわが子を見るよう。故郷のドイツから日本にやってきて20年。現在、横浜市で1人住まいしている。
「私はツーリングが大好き。長い距離を走ったら、パーキングエリアで休憩します。そして、タンクバックから編み物を出して編むんです。靴下とかね。そうするとすっごいリラックスする。そしてまた走る。編むのが好きだから、いつでもどこでも編んでる。本当に楽しい」

大柄なケストラーさんにはビッグバイクがバッチリ似合う

大柄なケストラーさんにはビッグバイクがバッチリ似合う

じつはケストラーさん、手芸の世界では有名な編み物作家(ニット作家)だ。地元で編み物教室を開いているほか、テレビの手芸番組や本の出版、編み物キットの企画販売など、ひっぱりだこの人気という。
日本でツーリングしているドイツ人というだけで珍しいのに、ライディングウエアのまま始める優雅な編み物に、居合わせた人たちは興味津々。「一緒に記念撮影してください」と、お願いされることも多いとか。周りが驚けば驚くほど、本人も愉快なのだ。

タンクバックから取り出したのは”編み物”だ…

タンクバックから取り出したのは”編み物”だ…

ツーリングはインスピレーションの宝庫

「手袋、靴下、帽子とか身近な物を編むのにも、無限のアイデアがあります。素材もいろいろあるし、どの部分から編み始めるか、どんなパターンを使うか、やり方はいっぱい。頭のなかにイメージした作品をどうやって編めばできるか考えるのが難しくて、面白い。数学の問題やパズルを解くのと似ています」という。
仕事部屋には極細の毛糸から極太のウール紐までさまざまな素材が用意され、編み上げたニットをノリで固めてオブジェにするなど、アーティスティックな作品も置かれている。

ケストラーさんが編んだショール 左下の球体は毛糸で編んだランプシェード

ケストラーさんが編んだショール 左下の球体は毛糸で編んだランプシェード

「私が日本に来たのは、この国の自然や古い文化、日本人の考え方が大好きだからです。そして日本中を見て回るためのベストパフォーマンスな乗り物として、私はバイクを選びました」と、ケストラーさんは話す。
来日した翌年、日本で二輪免許を取得。毎月のように長距離ツーリングに出かけている。「能登半島、東北、伊豆、広島、四国、全部バイクで行った。屋久島も佐渡ヶ島も素晴らしかった。日本はバイクのパラダイスです」と、満足そう。地方にある美術館や博物館を巡るのが好きで、その数の多さと展示の質の高さに驚くという。
「桜や梅、紅葉を見てもインスピレーションが湧きます。日本の伝統工芸ももっと見たい。着物の柄がすごい刺激になる」と話す。バイクを走らせて体感する日本の自然や、旅先で触れた文化への感動が、ケストラーさんの創作意欲を強烈に駆り立てるのだ。

1本の毛糸で編む。途中で色が変わることも計算してデザインする。

1本の毛糸で編む。途中で色が変わることも計算してデザインする。

被災地への思い「ニット フォー ジャパン」

ケストラーさんがこれまでのツーリングを振り返って、忘れられない景色の一つが松島(宮城県)の風景だ。彼の故郷の町には海がないから、日本の海岸線を走ると気持ちが高まる。かつて東北を旅したとき、リアス海岸の切れ目から松島の島々が垣間見え、その美しさに息をのんだ。
「東日本大震災の津波はショックでした。松島、福島……、バイクで通った記憶が蘇りました。自分に何かできないかと考えました」
そして、準備を重ねて震災の翌年(2012年)に始めたのが「ニット フォー ジャパン」という取り組み。被災地を勇気づけるため、“世界最大の毛布を編もう”というチャレンジ・プロジェクトだ。ケストラーさんは「20cm×20cmの四角いニットのピースを編んで、日本に送ってほしい」と、インターネットで世界へ呼びかけた。集まったピースを全部つないで、一枚の巨大なニット毛布を作ろうというわけだ。すると、いろいろな国の人たちが、思い思いに四角いピースを編んで続々と送り届けてくれた。プロジェクトは2年間続けて、集まったピースの数は予想を遥かに上回る1万1,250枚にもなった。
2014年9月20日、宮城県石巻市の総合体育館で、ピースを一つにつなぎ合わせる作業を開始。被災者も含め多くの地元住民が参加して、体育館のフロアいっぱいに広がるニット毛布が完成した。大きさは464.64m2(20m×23m)と認定され、世界最大のニット毛布としてギネスブックに登録されたという。

地元の人と協力して完成させた世界最大のニット毛布(2014年石巻市総合体育館)

地元の人と協力して完成させた世界最大のニット毛布(2014年石巻市総合体育館)

参加した地元の人たちは、「みんなで力を合わせることが楽しかった」、「編み物をしている間は辛いことを忘れられた」、「誰かのために行動できて嬉しかった」と、感想を口にした。ケストラーさんは、「記録のことよりその言葉がうれしかった。毛糸と針があれば誰にでも幸せな時間が作れます。編み物は魔法ですね」と話す。世界最大のニット毛布は、2m×1mのサイズに分けられ、仮設住宅の人たちにプレゼントされた。

バイク・ソッキングを広めたい

編み物をする男性は、ドイツでも多いわけではないが、ヨーロッパの歴史では“編み物職人”が男性だけだった時代も長いとのこと。現代の男性にももっと編み物の楽しさが理解されていいはずと、ケストラーさんは言う。
「私のちょっとした夢は、日本のいろいろな地方を回りながら編み物教室をやること。道の駅やパーキングエリアで教えてもいい。編み物の先生がバイクでやって来たらきっとみんな驚くよ。想像するだけで楽しい」とのこと。ドイツでは、旅行する列車のなかで編み物を楽しむ“トレイン・ソッキング(電車で靴下を編む)”に人気があるそうだが、ケストラーさんの場合は、“バイク・ソッキング”。「日本のライダーに、ぜひバイク・ソッキング、広めたいね」と、にっこり笑っていた。

★JAMA「Motorcycle Information」2017年3月号特集より
本内容をPDFでもご確認いただけます。

PDF: ベルンド・ケストラー